少子高齢化の加速により、近年の製造業では人材確保や技術継承など、さまざまな課題が生じています。製造業が抱えるこれら課題の解決策として、注目を集めているのが「AIの活用」です。DXへの取り組みが進む中、AIの導入はますます重要性を増しています。そこで本記事では、製造業におけるAI導入のメリットと、その事例をご紹介します。
製造業における課題
日本の製造業は高度経済成長を支え、「ものづくり大国・日本」の基盤を形成しました。しかし近年、製造業はさまざまな課題に直面しており、衰退の兆しがあるとさえいわれています。まずは、製造業が抱える課題について明らかにしていきましょう。
少子高齢化による人材不足
現代日本では少子高齢化が進んでおり、将来的な労働人口の減少が懸念されています。経済産業省が発表した「2050年までの経済社会の構造変化と政策課題について」によると、生産年齢人口(15歳以上65歳未満の人口)は1990年代がピークで、それ以降は減少傾向が続いています。ピーク時には70%ほどあった生産年齢人口比率は、2050年には50%台前半に落ち込むとの予想です。
労働人口の減少に伴い、今後は日本社会全体で限られた人材の奪い合いが起こると予想されます。特に製造業においては、いわゆる「3K(きつい・汚い・危険)」のイメージが根強く残っているため、メインの働き手となる若い世代からの就業はあまり見込めないでしょう。
技術継承の停滞
日本の製造業は高い技術を持ち、「ものづくり大国・日本」を支えてきました。特に一部の製造業では、世界にも劣らない技術力を誇っています。
しかし、その高い技術力を支えてきた技術者や職人の間にも、今や高齢化の波が押し寄せています。上述の理由により、次世代の人材確保も容易ではないため、技術継承に停滞の影が差しているのです。そもそも製造業の技術の中には、熟達した職人の勘と経験によって支えられているものも多く、継承自体が難しいケースも少なくありません。
IT活用不足
日本のIT活用は先進諸国より遅れをとっており、ことICT(情報通信技術)導入に限っていえば、アメリカやドイツより10%から20%も低い状況です。特に中小企業におけるIT活用がスムーズに進まず、日本の製造業を衰退させる要因のひとつとなっています。
国単位での生産性向上のためには、中小企業が積極的にロボットやIoT、AIなどの最新技術を取り入れることが欠かせません。しかし、多くの中小企業では設備投資にかけるほどの金銭的余裕がなく、また個人の経験に裏打ちされた「技術」への自負心ゆえに、AIなどの導入を躊躇しているのが現状です。
製造業でAIを導入するメリット
それでは、実際にAIを導入することで、製造業にどのような変化がもたらされるのでしょうか。以下では、AI導入によって製造業が得られるメリットをご紹介します。
人件費の削減や人材の適切な配置
AIの導入により、特定業務の省人化や無人化が可能になります。また、製造業にとって重要な在庫管理も、AIが過去データを活用して最適な在庫量になるようサポートします。これにより、ほかの重要な業務に人的リソースを集中できるようになり、結果的に最適な人材配置とコスト削減を実現できます。
製造工程のデータを蓄積や自動識別
多品種・少量生産の場合、個人の経験値に基づく予想や判断で、生産体制を柔軟に変えていく必要があります。個人に依存する業務は属人化しやすい傾向があり、ときに「あの人でなければ対応できない」といった状況を招きかねません。AIであれば、大量のデータを蓄積することで、そのような業務にも対応できる可能性があります。
製造工程データを蓄積し、AIが機械学習やディープ・ラーニングを重ねることで、「どの商品がどの程度必要か」といった複雑な予測を可能にします。そして多品種・少量生産においても、柔軟な計画を立案できるようになるのです。
また、目視で良品を見極めるといった熟練の技巧であっても、画像データの大量蓄積と自動識別機能により、AIが代替できる可能性があります。
生産性の向上
AIの導入により、さまざまな業務にかかる手間や時間が削減され、生産性の向上が実現します。
製造業では、個人の能力に頼った技術力や生産計画立案が前提となっていることが少なくありません。特に中小企業では、その傾向が顕著です。AIを活用すれば、細かな商品の仕様の差や過去データを踏まえ、コスト削減も考慮しつつ最適な生産計画を策定できます。
さらに、AIによる画像診断技術は、製造業では欠かせない検品でも能力を発揮します。複雑な検品であっても高速処理し、瞬時にチェック完了させるのです。目視で起こりうるヒューマンエラー、つまり品番やアイテム数のチェックミスをなくし、安定したクオリティを維持できるでしょう。
製造業におけるAI導入事例と活用シナリオ
ここでは、AI導入によって成果を上げた製造業の先行事例をご紹介します。自社の業務改善の参考にしてください。
検査業務の自動化
株式会社グリッドでは、AI開発型プラットフォーム「ReNom(リノーム)」を提供しています。同社では、誰もが簡単にAI モデルを開発したり、高度なアルゴリズムを自由に組み合わせて使ったりすることを目指しています。ReNomの導入により、画像や数値データに関わる現場の課題解決や、特定の人だけがこなせる業務の削減などが可能になります。
実際にReNomを導入した製造業A社は、複雑な検査業務の自動化を成功させています。A社はこれまで、検査員の目視により、組み立て工程の組み付け部品の検査業務を行ってきました。しかし、今後予想される人手不足を解消するため、AIを用いた自動検査システム構築が課題となっていたのです。
そこでA社は、組み立て工程の最終検査を自動化するため、ReNomを導入します。AIモデルを用いた画像判定システムを構築し、検査業務の自動化を実現しました。これにより人員や業務が削減されたうえ、自社内でAIモデルを開発したことで、さらに外注費用の削減にも成功しています。
安全行動をサポート
国内大手鉄鋼メーカー「JFEスチール」では、NEC社との共同により、AIを活用した安全行動サポート技術の開発に成功しています。「安全は全てに優先する」を基本理念に掲げるJFEスチールでは、近年の製鋼所における若手作業員の増加を受け、これまで以上に安全確保が課題となっていました。
AIの画像認識技術を使って人物検知し、安全を図ったケースは過去にもありましたが、製鋼所では導入が困難とされていました。というのも、製鋼所では場所によって照明条件が異なるうえ、多種多様な装置が配置されたり、作業員がさまざまな姿勢で仕事をしたりするため、人物検知が難しいからです。
そこでJFEスチールとNECは、作業員の大量画像をディープ・ラーニングで学習させる手法を用いました。ディープ・ラーニングは、より人間に近い学習や判断を可能にするため、人物検知の精度が大幅に向上します。AIによる高精度な人物検知が可能になったことで、作業員が立ち入り禁止エリアに侵入した際は警告を発し、自動的に製造ラインを停止する安全行動サポートシステムが完成しました。
生産計画立案システムの利用
国内大手飲料メーカー「サントリー」は、日立製作所と共同し、AIを活用した生産計画立案システムを開発しています。
飲料品メーカーでは、売上が気候の変化や消費者の動向に大きく左右されるため、ち密な生産計画の策定と、柔軟かつ迅速な変更が求められます。サントリーではこれまで、ベテラン社員が経験知に基づく生産計画の立案・変更を行っていました。計画策定業務は高度な能力と膨大な時間を要するだけでなく、属人化という課題も抱えていたのです。
さらにサントリーは、それまでエリア単位で計画を立てていたこともあり、エリアごとの最適数は生産できるものの、生産リソースをトータルで有効活用する最適生産計画の策定には至っていませんでした。
そこでサントリーは、AIを活用した生産計画立案システムを開発します。欠品・品薄・過剰といった在庫状況を自動抽出し、タイムリーに生産計画を立案・変更できるようにしました。これにより、複数名の社員が週平均40時間かけて行っていた生産策定業務が、約1時間にまで短縮されたのです。
AI導入に必要なこと
AI導入までの大まかなプロセスは以下のとおりです。
- AIチームの選定
- 課題の抽出
- 必要なデータの収集・分析
- 機械学習やディープ・ラーニングなどを繰り返し、業務を自動化・効率化
AIを導入するには、まず必要な人材やチームの選定が先決です。チームにはAIの専門家だけでなく、現場と協力して業務を遂行できる人材も欠かせません。
次に、自社が抱える課題を洗い出したのち、「AIを活用して何をどう改善するのか」といったビジョンを明確化し共有しましょう。ビジョンが定まらないと、AI導入そのものが頓挫する恐れもあるため、課題を明らかにするプロセスは非常に重要です。
そして、課題解決に必要なデータを収集・分析し、AIモデルを開発して業務改善を図ります。特に製造業の場合、工場内のデータがより重要となります。基本的には、上記2~4のプロセスを繰り返してAIの精度を高め、徐々に業務改善を進めていきます。
まとめ
製造業は目下、個人の力量に頼った生産プロセスや、技術継承の停滞といった課題を抱えています。AIは、これらの課題を解決する可能性を秘めています。AI導入においては、「何をどう解決するか」についての明確なビジョンと入念な準備、適切な運用が欠かせません。無論、一朝一夕に実現するものではありませんが、AIの活用が成功すれば、現状の諸課題を解決できるだけでなく、生産性を向上させ、企業のポテンシャルそのものを高めていけます。製造業のDXを図るうえで、AIの活用はもはや避けて通れません。自社の発展、ひいては業界全体の発展のために、AIの導入を検討してみてはいかがでしょうか。
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