AI(人工知能)の進歩により、近年あらゆる領域にて、AIが人に代わり業務を担当するようになってきています。高度な知識が要求される医療分野でも、AIを活用しようとする取り組みが活発化しています。本記事では、医療業界におけるAI導入のメリットと、その具体的な事例、医療分野におけるAIの活用リスクや課題について解説します。
医療業界におけるAIとは
医療業界において、AIにはどのような役割を求められているのでしょうか。まずはAIの基本概要と、その能力が医療業界でどういった形で使われているのかを解説していきます。
AIとは
そもそも「AI(人工知能)」とは、人間の知的振る舞いの一部を人工的に再現したソフトウェアを意味します。AIは当初、人間が事前にプログラムした範囲内でしか認知・判断ができないなど、限定的な能力しか持っていませんでした。しかし今では、「ディープ・ラーニング」という新たな機械学習方法の開発によって、AIは与えられたデータをもとに自律的に学習し、より正確かつ柔軟性に富んだ認知・判断基準を構築できるようになっています。
コンピューターのストレージ能力が飛躍的に向上した現在、企業や組織は、人間ではその全容を把握しきれないほど膨大なデータ(ビッグデータ)を蓄積できるようになりました。そして、人間には処理しきれないほどの情報量も、優れた情報処理能力を持ったAIならば活用できます。高度に発達したAIは、ビッグデータの分析を通して有用な情報を発掘し、さまざまな分野でユーザーに対して価値あるサポートを提供しています。
医療業界でのAI活用
AIによるビッグデータの活用は、医療業界においても進んでいます。医療用に開発されたAIは、集積された大量の患者データに基づき、判断基準を構築します。
たとえば、ある病気の発症者に共通した傾向を調べて発症原因を分析したり、データに即して有効な治療法を提示したりすることが可能です。ほかにも、すでにAIが活用されている具体例としては、AIに画像認識機能を組み込んで画像診断に当たらせ、早期のがん検出を行うといったものが挙げられます。
ディープ・ラーニングを用いたAIのデータ分析は、データ量が多ければ多いほど、その精度を高めていきます。今後、社会全体でさらにDXへの取り組みが進められる中、熟練の技術を要する仕事などでも、AIによる代替の可能性が期待されます。
医療業界でAIを活用するメリット
では、医療業界においてAIを活用するメリットはどこにあるのでしょうか。以下では、医療業界でAIを活用するメリットを3つご紹介します。
労働問題の解消
医療用AIの導入は、医療従事者の間で昨今課題となっている労働問題の解消に寄与します。
厚生労働省は医療業界に対して、2025年までに医師の時間外労働を年間最大960時間までに収めるよう要請しています。しかし、2020年に行われた「医師の勤務実態調査」によると、その基準を上回っている医師は未だ37.8%も存在し、医師の人手不足を改めて浮き彫りにする結果となりました。
とはいえ、医師には高度な専門知識と国家資格が求められるため、簡単に人員を増加できるようなものではありません。そこで、医師の人手不足を穴埋めするとして期待されているのが、医療用AIです。
無論、現段階でAIが医師の仕事をすべて肩代わりできるわけではありません。しかし、たとえば各症例の情報収集やデータ管理などをAIに代行させるだけでも、医師の負担は大きく軽減され、患者の治療により専念できます。AI診断がより進化すれば、その効果はますます顕著になるでしょう。医療業界に限らず、AIは少子高齢化が深刻化する日本社会において、新たな働き手として注目されているのです。
技術格差の解消
医療技術は、ある部分では個人の資質や経験に依存した、「個人的な技能」という側面を持っています。たとえばエコー検査などは、部位や断面を適切に映し出すことが難しく、熟達した技術が必要とされています。
ただでさえ専門性が高い医療技術の中でも、より個人に依存した分野でエキスパートを育てるためには、どうしてもある程度の実務経験が欠かせません。しかし、コンピューターならではの特徴として再現性に優れたAIであれば、医師間あるいは地域間の技術格差の解消につながります。
高度なエコー診断技能を備えたAIが広く利用されるようになれば、そうしたエキスパートのいない病院や地域でも、異常の早期発見が可能となります。その結果、患者の専門機関への案内も迅速化され、多くの人命を救えるかもしれません。医療用AIの普及は、日本の医療レベルを底上げする可能性を秘めているのです。
業務の効率化
患者数の増加などを要因として、医療現場での業務量が増大している中、AIは医療従事者の業務効率化をサポートできます。先述したように、画像診断や過去の論文との照合、データの整理・入力といった、多くの医療データを扱う業務にAIは適しています。医師の時間を圧迫しているのは、治療の周辺にあるそうした情報収集や、ルーティン的な事務処理などです。それらの仕事をAIが代行、ないしはアシストすることによって、医療現場の業務効率化が実現できます。
医療業界におけるAIの事例と活用シナリオ
以下では、今後さらに活躍が期待される医療用AIの事例と、その活用シナリオをご紹介していきます。
AIによる自動翻訳
医療・介護業界の喫緊課題である人材不足をカバーしてくれる存在として、外国人労働者の採用も注目されています。とはいえ、人命を預かる医療現場で、言語の違いによるトラブルなどあってはならないことです。もしも一分一秒を争う切迫した状況だった場合、意思疎通の難が最悪の事態を招く結果にもなりかねません。
医療系スタートアップ「METRICA」では、このようなニーズに応えるべく、日本の医療・介護現場で働く外国人労働者に特化した自動翻訳機能付き電子介護記録を開発しています。AIの自動翻訳を使ったサポートによって、外国人労働者がより安心して、日本の介護職場で働けるようになることが期待されます。
AIによる新薬の開発
AIは、すでに新薬の開発においても貢献しています。たとえば、大手製薬会社「グラクソスミスクライン」と英国企業「Exscientia」は、慢性閉塞性肺疾患(COPD)の治療に有効な化合物を発見したことを発表しましたが、これはAIによる化合物探索プラットフォームを利用したものでした。
AIの機械学習のアルゴリズムは今後、医薬品の生物的相互作用や化学的相互作用の研究においても役立てられていくでしょう。
AIによる画像診断
エコー診断の例にも見られるように、医療AIの画像認識を用いた画像診断は、すでに実用化されています。画像認識医療AIは、放射線科の領域でもっとも導入が進んでおり、CT・MRI画像から病状診断するものを中心に、レントゲン画像から骨折を感知するAI、エコーから臓器の状態を点数化するAIなど、さまざまな場面で活用されています。
医療業界におけるAIの活用は、技術格差を解消するほか、人の曖昧さや疲労などによる判断の揺れを排除できます。
医療業界のAI導入におけるリスクと課題
このように医療業界で幅広く活用されているAIですが、その導入にはリスクや課題も存在します。まずAIを活用するには、医師をはじめとした医療従事者も、ある程度AIに関する知識が必要です。今後、AIの活用が医療現場におけるスタンダードとなった場合、たとえば現職の医療従事者への大規模な研修や、医学部でのAIに関する講義なども必須となるでしょう。
また、医療AIを有効活用するには、膨大な患者データの集積が欠かせません。しかし、患者データは個人情報のかたまりでもあるため、患者のプライバシーへの配慮も必要です。プライバシー保護意識の高い日本においては、その点をいかにして折り合いをつけるかが課題となります。
そして、医療AIのもっとも直接的なリスクとして、AIシステムが間違いを起こした際、患者のケガや健康上の問題につながる可能性が挙げられます。特に、そのAIシステムが広く普及していた場合、医師1人のミスとは比べ物にならないほど多くの患者に被害をもたらしかねません。
今後、医療AIを活用していくには、AI診療に関する法整備も含めて、こうした課題に対処していくことが求められます。
まとめ
ディープ・ラーニングによって自律的に機械学習できるAIは、組織におけるビッグデータの分析・活用を可能にし、今やさまざまな分野で利用されています。医療業界でも、すでに画像診断や新薬の開発などにおいて医療AIが活用されるなど、AIによる医療従事者へのサポートが充実しつつあります。このような医療AIの発達や普及は、医療従事者の労働負担を軽減するとともに、医師間・地域間の技術格差を是正し、日本の医療全体のレベルを底上げします。
医療業界でのAI活用をさらに促進するにあたっては、課題やリスクが伴うのも確かです。しかし今後、日本では少子高齢化に伴い高齢患者が増加していく一方、働き手が不足していくことが予想されます。医療業界も含めて国全体のDXもますます進んでいく中、AIを積極的に活用していく流れはなおも続いていくことでしょう。
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