製薬業界におけるAI活用シナリオ3選

 2021.04.13  2022.01.26

ITの発達とともに、あらゆる業界においてAIの利活用が普及しつつあります。医療・製薬業界も例外ではなく、特に競争の激しい製薬業界では、より一層AIの活用が注目されています。本記事では、製薬業界における現状の課題とAIの導入メリット、さらにはAIの導入事例についてご紹介します。

製薬業界におけるAI活用シナリオ3選

製薬業界の課題

現在の製薬業界は、さまざまな課題と直面しながら経営・研究を続けています。製薬業界において、AIはどのような役割を期待されているのでしょうか。それを浮き彫りにするために、まずは現在の製薬会社が抱えている課題について解説していきます。

研究開発費の回収が難しい

製薬会社が抱える第一の課題は、研究開発費の回収が難しいことです。

製薬会社の核心的業務は当然、新薬の開発です。しかし、新薬の開発には10年単位の期間を要し、開発費用が1,000億円を超えることも珍しくありません。実際、LSEの助教授Olivier J. Wouters氏をはじめ、英国の研究者らが新薬63製剤を調べたところ、その研究開発投資額は中央値で約10億ドル、平均値にすると約13億ドルであったといわれています。

しかし今、日本では深刻な高齢化社会の到来による医療費の負担が問題となっており、政府は製薬会社に対して、薬価の低下を継続的に求めている現状があります。したがって、先のように膨大なコストと時間をかけて開発された新薬も、薬価の低下により収益を上げるのがさらに難しくなる恐れがあり、製薬会社の今後の経営は不確実性を増しています。

新薬開発に時間がかかる

新薬の開発には非常に時間がかかり、これがコストの増加にもつながっています。上述したように新薬の開発は、平均して10億ドル以上もの投資を要する一大事業であり、その研究期間も10年以上要することが多いと推定されています。また、仮に同じ発見プロセス・開発プロセスを通ったとしても、生産性が急激に向上することはなく、どのみち時間がかかることには変わりありません。薬の品質を保ちつつ、いかに開発時間を短縮するかが、営利企業としての製薬会社には求められています。

創薬の難易度が上昇している

製薬会社が直面している課題としては、創薬の難易度が上昇していることも挙げられます。創薬の難易度が上昇している原因は、確度の高いターゲット遺伝子が限られていることだといわれています。

日本における新薬創出の中心であった低分子化合物は標的分子がなくなり、抗体医薬・核酸医薬・細胞治療など多様な様式の出現も相まって、創薬研究はより複雑化・高度化してきています。創薬の難易度の上昇は当然、研究開発にかかるコストの増大にもつながるため、いかに効率的な研究開発技術を構築するかが、健全な経営を支える柱となります。

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製薬業界のAI導入によるメリット

ここまで、製薬会社が抱える諸課題について簡単にご紹介しました。製薬会社では、これらの課題に対し、AIを用いて対処する動きが活発化しています。以下では、製薬業界がAIを導入するメリットについて見てきましょう。

開発費と人件費の削減

製薬会社にAIを導入するメリットとしては、まず開発費・人件費の削減が挙げられます。

情報処理能力や記憶容量の成長、あるいはディープ・ラーニングの開発に伴う自律的な機械学習の実装に伴い、AIは組織が保有するビッグデータをさまざまな形で分析・活用できるようになりました。

高度に発達したAIにさまざまなデータを分析させることで、それらを新薬開発における臨床試験(治験)の設計や、被験者候補の絞り込みに活用でき、リサーチなどにかかる費用の大幅な削減につなげることが可能です。

また、製薬会社は新薬の開発期間中、優秀な研究者や医師たちに高額報酬を支払い、研究・開発コストを負担し続けなければなりません。AIの導入は、こうした開発に関わる人件費の削減にも寄与します。

業務の効率化

AIは、その優れた情報処理能力によって膨大なデータを収集・蓄積し、分析することを得意としており、しかもそこに人間のような偏見が生じません。こうした特性を持ったAIを用いて、薬効のある化合物の発見や症例分析などに当たらせることで、研究開発の効率化が期待できます。

またAIは、研究部門以外でも有効活用が可能です。たとえば、カスタマーサービス用のAIを配置して、顧客からの相談電話の窓口業務に当たらせるといった利用も考えられます。コンピューターならではの高い再現性を持ったAIは、ルーティンワークにも当然向いています。AIと人間それぞれの特性に合わせた協力的な関係を築くことで、より効率的な業務運営が可能になるのです。

創薬の成功確率が向上

創薬の難易度が上昇していることは上述しましたが、この問題に対してもAIの導入が有効です。コンピューターの処理速度の大幅な向上と、AI技術の発達によるビッグデータの活用は、創薬の分野においても有効性を発揮します。AIの分析機能を利用して、対象疾患の特定・拡大や、対象患者集団の特定による早期開発が可能になったことで、創薬の成功率の向上が期待できます。

製薬業界におけるAIの事例と活用シナリオ

ここまで、製薬業界における諸課題に対し、AIが解決策になり得ることを解説してきました。では実際に、製薬業界においてAIはどのように活用されているのでしょうか。以下では、製薬業界におけるAIの具体的な活用事例をご紹介します。

AIアルゴリズムの利用による新薬開発

新薬開発において、AIはすでに目立った活躍を見せています。

大日本住友製薬とExscientia Ltd.は、その共同研究においてAIを活用し、一般に業界平均で4年半かかるといわれる探索研究を12ヶ月未満で完了したことを報告しました。同研究ではAIのアルゴリズムを活用し、AIが適した化合物の提案、および毒性などの特性予測を行うことで、期間の短縮を実現できたといわれています。

このように、AIの高度な分析能力を駆使した結果として、開発費と人件費の大幅な削減にも成功しています。両社の共同研究は、AIによる新薬開発の成功例として注目を集めました。

チャットボットの導入

AIは、顧客対応の分野においても活用されています。

「タミフル」などの医薬品で知られる中外製薬株式会社は、医療関係者や患者からの大量の問い合わせに効率よく対応するため、チャットボット「MI chat(エムアイチャット)」の活用を2019年に開始しました。

「チャットボット」とは、ユーザーの質問に対して、AIが任意の答えを自動的に回答してくれる機能のことです。MIchatは顧客から数多く寄せられる定型的な質問に対し、正確な情報を24時間体制で数多く提供できるため、担当者の負担軽減に大きく貢献しました。

このように、再現性の高い仕事をAIに割り振ることで、同社はカスタマーサービスの利便性を上げつつ、同時に業務の効率化にも成功しています。

AIによるヒトゲノムの解読

AIは、ヒトゲノムの解読にも活用されています。

ハーバード大学の研究者らは、3601の結核菌の全ゲノムシーケンスとディープ・ラーニングを用いて、10の抗結核薬に対する薬剤耐性を予測する実験を行い、精度の高い予測結果を得ることに成功しました。

また、東京大学の医科学研究所は、日立製作所と共同開発したAI搭載のスーパーコンピューターを使うことで、ヒトゲノムの解析時間が従来に比して約80%削減できたことを発表しています。

ゲノム医療は、三大疾病のひとつである「がん」の治療にも密接にかかわります。AIによってヒトゲノムの解析が進めば、今後がんの早期発見や早期治療にも活かされるかもしれません。

AIのディープ・ラーニングは、与えられたデータ量が多ければ多いほど、その性能を高めていくという特性を持ちます。ヒトゲノムの情報を入手しやすくなった今日、AIはますます効率的に自己学習を進め、さらに適切な個別化医療の提供を可能にすることが期待されています。

まとめ

製薬会社の核心をなす薬の研究開発は、一朝一夕に成し遂げられるものではありません。そこでは莫大な経済的・時間的・人的コストがかかり、経営面で製薬会社を締め付けています。とはいえ、製薬会社は薬の開発・供給という、人命に大きく関わる使命を帯びているため、研究開発に手を抜くことが許されません。

このように、悩ましい状況に置かれた製薬会社の救世主として期待されているのが、AIの導入です。ディープ・ラーニングによる機械学習や、基盤性能の爆発的向上などによって高性能化したAIは、企業が求めるさまざまなニーズに応えられるようになりつつあります。

そしてAIは製薬会社に対して、特に「肥大化する研究開発費の抑制」「研究開発期間の短縮」「煩雑かつ定型的な業務の代行による業務効率化」などの面での貢献が期待されています。実際、本記事でご紹介したように、AIはすでに新薬開発などの研究開発分野をはじめ、カスタマーサービスの領域においても活かされています。さまざまな領域でのDXとAI活用が進む今、製薬業界においてもAIの導入が強く求められているのです。

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