近年、経済産業省が警鐘を鳴らす「2025年の崖」が差し迫っており、さまざまな分野でDXの推進が求められています。そして、同時に多くの企業で重要課題となっているのが「クラウド」の活用によるITインフラのモダナイゼーションです。本記事ではクラウドサービスの概要や種類、導入メリットや具体的な活用シーンなどを解説します。
クラウドサービスとは?
「クラウドサービス」とは、インターネット経由でアプリやソフトウェアなどのコンピュータリソースを利用する「クラウドコンピューティング」をベースとしたITサービスです。ITインフラを構築する方法は、大きく分けると「オンプレミス型」と「クラウド型」の2種類です。オンプレミス型とは、自社のデータセンターに構築した物理的なITインフラでコンピュータリソースを運用・管理する形態です。クラウド型は物理的なハードウェアを導入する必要がなく、クラウド事業者が提供するコンピュータリソースをオンライン環境下で利用します。
この「物理的なITインフラを構築する必要がない」という点がクラウドサービスの最大の特徴です。たとえば、自社のオンプレミス環境で基幹システムを運用するためには、サーバーやネットワーク機器といった物理的なハードウェアを導入し、その上でシステムを設計・実装しなくてはなりません。しかし、クラウド型の基幹システムであれば物理的なITインフラを構築する必要がないため、ハードウェアの導入費用とシステムの保守・運用管理に要するコストを大幅に削減できるというメリットがあります。
パブリッククラウドとプライベートクラウド
クラウドサービスには「パブリッククラウド」と「プライベートクラウド」の2種類の提供形態が存在します。パブリッククラウドとは、クラウドサービス事業者が提供するコンピュータリソースを複数のユーザーが共有するタイプのクラウド環境です。一方でプライベートクラウドとは、自社専用のクラウド環境を構築するサービス形態を指します。さらにプライベートクラウドは、自社で仮想化したサーバーを運用する「オンプレミス型」と、クラウド事業者が運用するクラウド環境に自社専用の領域を構築する「ホステッド型」の2つに分類されます。
パブリッククラウドは「共有型」であるのに対し、プライベートクラウドは「占有型」に該当するサービスです。利用するサービスによって異なりますが、基本的にパブリッククラウドは多数のユーザーとクラウド環境を共有するという性質上、導入費用と運用コストがプライベートクラウドと比較して安価な傾向にあります。一方、プライベートクラウドはパブリッククラウドと比べるとカスタマイズ性に優れ、高度なセキュリティ環境を構築できるものの、自社管理の領域が大きく、導入と保守・運用管理におけるコストも高額です。
クラウドサービスの種類
総務省が公表した「令和3年通信利用動向調査(※1)」によると、国内企業におけるクラウドサービスの利用率は70.4%(2021年8月末時点)で、今後もその流れは加速していくと予測されます。クラウドファーストの潮流が加速する現代市場において、クラウドコンピューティングを戦略的に活用するためには、クラウドサービスの種類について理解を深めなくてはなりません。クラウドサービスには「SaaS」「PaaS」「IaaS」の3種類がありますが、自社の事業形態や導入目的によって適したサービスが異なります。それぞれのサービスについて詳しく紹介します。
SaaS
SaaSとは、「Software as a Service」の頭文字をとった用語で、主にエンドユーザーが利用するアプリケーションやソフトウェアなどをクラウド環境で提供するサービスです。代表的なSaaS型のクラウドサービスとしては、グループウェアの「Microsoft 365」やフリーメールサービスの「Gmail」、オンラインストレージの「Dropbox」、チャットツールの「Chatwork」、オンライン会議システムの「Zoom」などが挙げられます。
SaaSはコンピュータやサーバーなどにアプリケーションをインストールする必要がなく、システムの設計や実装といった工程も必要としません。たとえば、Microsoft 365であればソフトウェアの購入やPCへのインストールといった工程が不要であり、オンライン環境から月額課金制のサービスを申し込むだけで「Word」や「Excel」、「Teams」などのサービスを利用できます。このようにアプリケーションの導入が容易でコストも低く、またITインフラの構築や管理が不要という点がSaaSの大きな特徴です。
PaaS
PaaSは「Platform as a Service」の略称で、OSやミドルウェア、ランタイム、データベースといったアプリケーション開発に必要なプラットフォーム環境をクラウド上で提供するサービスです。Amazonが提供する「Amazon Web Services(以下、AWS)」やMicrosoftの「Microsoft Azure(以下、Azure)」、Googleの「Google Cloud」が代表的なPaaS型のサービスであり、これらは世界3大クラウドサービスと呼ばれています。
たとえば、ミドルウェアはOSとアプリケーションの中間に存在するソフトウェアであり、お互いの動作を補完する役割を担っています。ソフトウェア開発の領域では、汎用的でありながらOSには搭載されておらず、しかしアプリケーションほど限定的ではない特定の処理が必要になるケースが少なくありません。PaaSはこのような開発環境において必要となるプラットフォーム一式をクラウド環境下で構築できるクラウドサービスです。
IaaS
IaaSは「Infrastructure as a Service」の頭文字からなる略語で、仮想的なサーバーやストレージ、ネットワーク環境などのインフラストラクチャを提供するクラウドサービスです。先述した世界3大クラウドサービスはPaaSとIaaSの両方を提供するサービスであり、AWSの「Amazon EC2」やAzureの「Azure Data Lake Storage」、Google Cloudの「Compute Engine」などがIaaS型のクラウドサービスとして挙げられます。
IaaS型のクラウドサービスはITインフラのリソース構成を自由に選択できるため、カスタマイズの幅が広く、SaaS・PaaSと比較するとより自由度の高い開発環境を構築できるのが大きな特徴です。IaaSはシステム環境のインフラ部分から提供するサービスです。住宅で例えるならSaaSは家具や家電付きの賃貸物件で、PaaSは既存のデザインや間取りに好きな内装を施す建売住宅、そしてIaaSはすべてを自分好みに設計できる注文住宅といえます。
クラウドサービスのメリット
クラウドサービスのメリットは、どのようなソリューションを導入するのかによって異なります。ここではオンプレミス環境とクラウド環境を比較した上で、クラウドサービスがもつ一般的な優位性について解説します。
手軽に導入できる
冒頭で述べたように、物理的なITインフラの構築が不要という点がクラウドサービスの特徴であり、オンプレミス環境と比較した場合の大きなメリットです。たとえば、現代ではERPシステムを導入する中小企業が増加傾向にあります。しかし、ERPシステムの構築は数千万〜数億円の導入費用と年単位の開発期間を要するケースが多く、大企業のように豊富な資金調達手段をもたない中小企業にとって容易に導入できるソリューションではありません。
「Microsoft Dynamics」や「NetSuite」などのクラウドERPであれば、物理的なハードウェアを導入する必要がなく、オンプレミス環境と比較するとシステム構築の初期費用を大幅に削減できます。また、システムの設計・構築に関する専門知識が不要であり、サーバーやネットワーク機器といったITインフラの保守・運用管理も必要ありません。そのため、システム管理部門の業務負荷を軽減して、空いたリソースを業績向上に直結するコア業務に投入できるというメリットがあります。
総所有コストの最適化ができる
企業が持続的に発展していくためには売上高の向上を目指すとともに、いかにしてコストを最小化するかが重要な経営課題となります。そして、事業活動におけるコスト削減を推進する上で重要な指標となるのが「TCO(総所有コスト)の最適化」です。TCOとは、ITシステムや産業機器の導入費用や運用・管理コスト、廃棄費用など、設備投資における導入から廃棄に至るプロセスの総コストを意味します。
オンプレミス環境にITインフラを構築する場合、データセンターの確保からサーバーの設置、ネットワーク機器の設定、システムを稼働させる光熱費、ITインフラの管理費用やそれに基づく人件費などの莫大なコストが必要です。AWSやAzureといったクラウドサービスであれば物理的なITインフラを構築する必要がないため、TCOの大幅な削減に寄与します。また、月額課金制や従量課金制のことが多く、自社の事業形態や組織体制に適したサービスを選択できる点も大きなメリットです。
テレワークの導入が促進される
近年、働き方改革関連法の施行や新型コロナウイルスなどの影響も相まって、テレワーク制度の導入を推進する企業が増加傾向にあります。とくに2020年3月に世界保健機関によってパンデミック認定された新型コロナウイルスの影響は大きく、パーソル総合研究所の調査(※2)によると、2020年3月の時点で13.2%だった全国のテレワーク実施率が、緊急事態宣言発令後の同年4月以降になると27.9%にまで上昇しています。
このような社会的背景から、多くの企業で重要課題となっているのが「デジタルワークプレイス」の構築です。デジタルワークプレイスとは、パブリッククラウドをベースとしたシステム環境の構築によって、時間や場所にとらわれることなく働ける先進的な仕事環境を指します。クラウドサービスはオンライン環境を通してさまざまなコンピュータリソースを利用できるため、デジタルワークプレイスの構築とテレワーク環境における労働生産性の最大化に寄与します。
(※2)参照元:第五回・新型コロナウイルス対策によるテレワークへの影響に関する緊急調査(p.7)|パーソル総合研究所
BCP対策に活用できる
企業にとって重要課題のひとつはリスクマネジメントであり、有事の際でも事業継続性を確保する仕組みを構築しなくてはなりません。地震や火災、事故といった緊急事態の発生時に損害を最小限に抑え、事業の継続と復旧を図る仕組みを「BCP(Business Continuity Plan)」と呼びます。とくに日本は地震大国と呼ばれる国であり、万が一の事態に備えてITシステムの可用性を確保するBCP対策が不可欠です。
たとえば、地震によって自社のデータセンターに大規模な被害が生じた場合、業務に支障をきたすのみならず、最悪の場合は事業停止にまで至る可能性も否定できません。しかし、クラウド環境にシステムを構築している場合、データやファイルはクラウドサービス事業者のITインフラに保管されているため、事業継続性を確保できる可能性が高まります。たとえば、Azureは国内の東西にデータセンターを設置して冗長化を図っており、仮に片方のサーバに障害が発生してもサービスの継続利用が可能です。
クラウドサービスのデメリット
どのような物事にも必ず二面性があり、メリットの裏には相応のデメリットが潜んでいます。ここでは、クラウドサービスが抱えているデメリットについて解説します。
カスタマイズ性が低い傾向にある
オンプレミス環境にITインフラを構築する場合、ハードウェアやミドルウェア、ソフトウェアなどを自社で選定・調達するため、アドオン開発によって自社に最適化されたシステム環境の構築が可能です。しかし、アドオン開発によって独自の要件を定義できるオンプレミス環境とは異なり、クラウドサービスは提供される機能の範囲でしかカスタマイズができません。そのため、オンプレミス型と比較すると自由度や柔軟性が低い傾向にあります。
サービス停止時にできる対処が限られている
クラウドサービスはデータやファイルがクラウド環境に保管されているため、有事の際におけるBCP対策の一環として機能する点が大きなメリットです。しかし、それは裏を返せば緊急事態が発生した場合、自社で行える対応が限られていることを意味します。システムの運用・管理はクラウドサービス事業者が行っているため、ユーザー側は原因の調査や機器の交換といった対処を行えず、サービスが停止した場合は復旧を待つしかありません。
セキュリティ強度がベンダーに依存しやすい
オンプレミス型はアドオン開発によって独自のセキュリティ要件を定義できますが、クラウド型はサービス事業者のセキュリティ環境に依存します。とくにユーザーがコンピュータリソースを共有するパブリッククラウドは、オンプレミス環境と比較してセキュリティの脆弱性が懸念される点がデメリットで、サイバー攻撃被害などで情報漏えいする恐れも拭えません。ただし、AWSやAzureなどのように国際標準のISO認証を得ているサービスも多く、セキュリティ面での不安は解消されつつあります。
【ジャンル別】企業でのクラウドサービス活用方法
クラウドサービスは導入するだけでは意味を成さず、事業活動や業務プロセスに活用してこそ真価を発揮します。クラウドサービスの主な活用シーンとして挙げられるのが、以下に挙げる3つの業務領域です。
コミュニケーション
近年のビジネスシーンにおいて不可欠といえるのが、グループウェアやコラボレーションツールなどのクラウドサービスです。代表的なサービスとしては、ビジネスチャットやメールシステム、オンラインストレージ、オンライン会議システム、ファイル共有基盤、タスク管理システム、プロジェクト管理システムなどが挙げられます。グループウェアやコラボレーションツールは従業員同士や顧客とのやり取りで使用するのはもちろん、リアルタイムでの音声・動画の共有がスムーズになることでテレワーク導入の促進や環境の最適化に寄与します。
データ共有
総務省が公表した「令和3年通信利用動向調査(※3)」によると、国内企業におけるクラウドサービスの利用領域として最も多かったのが「ファイル保管・データ共有」です。代表的なサービスとしては、Microsoftの「OneDrive」やGoogleの「Google Drive」、Appleの「iCloud Drive」などが該当します。クラウド環境にファイルを保管するクラウドサービスはオンラインストレージと呼ばれ、社内データのバックアップ基盤となるとともに、データマネジメントの効率化と全社横断的な情報共有に寄与するソリューションです。
(※3)参照元:令和3年通信利用動向調査(p.6)|総務省
バックオフィス
経営基盤の総合的な強化を図るためには、いかにしてバックオフィス業務の効率化を図るかが重要です。勤怠管理システムや給与計算システム、会計システムなどをクラウド化できれば、時間や場所にとらわれない情報共有が可能となり、経理・人事・管理部門などのバックオフィス業務の効率化につながります。こうしたクラウドサービスは強固なセキュリティが求められますが、多要素認証や細かなアクセス権限設定などを搭載しているソリューションを選定し、適切に管理することで情報漏洩インシデントのリスクを最小限に抑えられます。
まとめ
クラウドサービスとは、オンライン上のネットワークを経由してコンピュータリソースを利用する「クラウドコンピューティング」をベースとしたITサービスです。クラウドサービスがもつ最大の特徴は、オンプレミス環境のように物理的なITインフラの構築が不要な点です。物理的なサーバーやネットワーク機器を導入することなく、アプリケーションやプラットフォームを利用できるため、IT投資における初期費用とランニングコストを大幅に削減できます。新しい時代に即したITインフラの構築を目指す企業は、ぜひシステム環境のクラウドマイグレーションに取り組んでみてください。
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